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熊本地方裁判所 昭和39年(行ウ)11号 判決 1965年11月04日

原告 岩田幾平 外一名

被告 熊本県建築主事

補助参加人 坂本卓

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は「一次の請求として、被告が昭和三九年五月四日付第七三〇八号を以つて建築主、八代市大村町八五三番地坂本卓申請にかかる坂本精神病院の建築を許可する旨の確認処分は無効であることを確認する。予備的請求として、前記確認処分を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求原因として、

一、参加人坂本卓は八代市大村町八五三番地に坂本精神病院を建築するため被告に対し建築確認の申請をなし、被告はこれに対し建築基準法第六条第一項に基き昭和三九年五月四日附確認番号第七三〇八号を以つて右申請を確認する処分をなした。

二、しかしながら被告のなした前記確認処分は次の点で違法である。即ち右申請にかかる建築物は特殊建築物であるから、熊本県建築基準条例第一二条によつて、その敷地は幅員四メートル以上の道路に四メートル以上接しなければならない。従つて当該敷地が取付道路によつて幅員四メートル以上の道路に通じている場合には当然その取付道路自体の幅員が四メートル以上あることを要するものと解される。

参加人坂本卓は本件建築確認申請に当つて、病院敷地から道路に通ずる取付道路の幅員が四、三〇メートルあるかのように作成された実測図及び八代市嘱託員堀下繁美、農家組合長丁畑一夫作成の前記取付道路に隣接する原告迎田ハツエ所有の八代市大村町字羽須和八五一番地の田の畦畔の専用許可書を建築確認申請書に添付提出し、被告はこれを認めて本件建築確認をなしたが、右実測図は右取付道路に隣接する原告岩田幾平所有の八代市大村町字羽須和九一〇番地の畑の境界を無視侵害して道路敷を書き入れた虚偽の図面であり、又堀下繁美、丁畑一夫には前記畦畔の専用許可を与える権限は存しない。しかして、現地の実状は病院敷地から道路に通ずる取付道路はその延長が一五〇メートルにも及ぶものであるところ、その最も主要な部分をなす前記原告ら所有の農地の間を通過する箇所の幅員は二、八五メートルに過ぎず、規定の四メートルに著しく不足するものである。

従つて本件建築確認処分は建築基準法第六条、熊本県建築基準条例第一二条に違反する無効なもので、仮りに然らずとするも取り消さるべきものである。

三、原告等はいずれも前記の如く取付道路に隣接する土地の所有者であるが、前記建築確認により原告等はその所有の田畑の一部を道路敷にとられてその所有権を侵害され、仮りに然らずとするも右建築確認通り坂本精神病院が竣工したときは参加人がその最終検査に合格するため右建築確認を種に原告等を欺罔或いは脅迫してその土地所有権を侵害するおそれがあるので、原告等は右確認処分の無効確認或いは取り消しを求める法律上の利益を有するものである。

四、なお補助参加人の参加には異議がある。

と述べた。

被告は本案前の申立として主文同旨の判決を、本案につき「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、本案前の主張として、

行政処分の無効確認或いは取り消しの訴を提起し得る者は、その行政処分により自己の有する権利を侵害される者に限られるのであるが、建築主事の確認処分は申請者の建築計画が建築に関する法律に規定された技術的基準に適合しているか否かの判断をなすに過ぎず、確認処分によつてこれを受ける者以外の第三者の私法上の権利義務に何らかの具体的な法律上の効果を及ぼすものではなく、従つて本件確認処分によつて当事者以外の第三者である原告等が権利の侵害を受けることはあり得ないのであつて、原告等の本訴請求は訴の利益を欠く不適法なものである。

と述べ、本案に対する答弁として、

請求原因第一項は認め、第二項は原告等がその主張の土地を所有することを認め、その余は否認する。即ち、

一、建築主事は確認に際し、申請による建築計画が建築基準法に適合しており、又現地の状態が技術的に道路(敷地の延長)を造成し得る状況にあるか否かを審査し、これに適合する場合は確認すべき義務を負うのであつて、この審査には私法上の権利義務に関する事項は含まれていないものと解すべきところ、本件建築確認申請書に添付の測量図によれば取付道路の幅員は四メートル以上あり又現地の状況も幅員四メートル以上の取付道路を技術的に造成し得る状況にあつたもので、本件確認処分には原告等所論の違法はない。

二、仮りに原告等主張のように部分的に取付道路の幅が不足する箇所があるとしても、熊本県建築基準条例第一二条に「特殊建築物の敷地は四メートル以上の道路に四メートル以上接しなければならない」と規定した趣旨は、災害発生時における消火、避難を考慮してのことであつて、取付道路の幅員が部分的に僅かに不足する箇所があつたとしても、直ちに法の趣旨に反するものとはいえず、確認処分の無効確認乃至取り消しを主張する理由にはならない。

と述べた。

補助参加代理人は、参加の理由として、

補助参加人は昭和三九年五月四日被告から八代市大村町大字羽須和に精神病院の建築確認を受けたものであるから、右確認処分の無効確認又は取り消しを求める本件訴訟の結果につき重大な利害関係を有し、被告を補助するため訴訟に参加する必要がある。

と述べ、本案前の主張として被告の主張と同旨の主張を述べた外これに付加して、

熊本県建築基準条例第一二条は、病院等特殊建築物には多数の人員が収容されるので、災害発生時における消火避難等防災的見地から道路に相当程度余裕を持たせておく必要に出たもので、病院敷地の延長である取付道路付近の土地所有者の利益を考慮したものではないから、本件において仮りに取付道路の一部が幅員四メートル以下であつたとしても、それは右地点より数百メートル距つたところに居住する原告等には何等の損害を及ぼすものではない。

と述べ、本案に対する答弁として、被告の答弁と同旨の答弁、主張を述べた外これに付加して、

一、原告等の指摘する箇所を含めて現地は事実上幅員四メートル以上の取付道路を造成するに十分であり、且つ現に造成されている。即ちその主張の箇所においても参加人が適法に専用を許された両側の畦畔部分(農道)をも含めてその幅員は四、三〇メートルを確保し得ているのであつて、かりに右畦畔部分の所有権が原告迎田ハツエに属するものとしても、一般に畦畔は慣習上農道として地先農地所有権から分離し、農家組合全員の通行、泥上げ等のため農家組合員の共同の管理に委ねられているものであるから、農家組合長、隣保班長よりその専用許可を受けた参加人に対して同原告は通路としての使用を拒み得ないのであつて、いずれにせよ参加人は幅員四、三〇メートルの取付道路を適法に造成し得る権利を有するものである。

原告等は参加人の精神病院建設を妨害するために、昭和三九年五月上旬原告岩田は前記境界より約六〇糎九三二番地の二の畑に侵入して立入禁止の仮処分の申請をなし、同命令を得てその執行をなし、原告迎田もその頃前記境界より約三〇糎八五二番地の一の田に侵入してブロツク塀を構築していたが、前者はその仮処分の取り消しを受け、後者は撤去の仮処分命令を受け、該地域には、計画通り幅員四メートルの取付道路を造成するのに法律上何等の障害もなくなり、事実上同所における用水路上の架橋も完成している。

二、仮りに右主張が理由がないとしても、参加人は本件確認処分に基づき既に建物の建築を完了し、その使用許可処分を得ているから、原告等はもはやその前段階である確認処分の無効確認或いは取り消しを求めることが許されない。

三、また仮りに本件確認処分が違法であるとしても、参加人は昭和三九年一一月数千万円の巨費を投じて県下随一の設備を誇る病院を建築竣工し、同四〇年二月この検査済証の交付を受け、同年四月一日所轄熊本県知事より病院の使用許可処分を受けて直ちに精神病院を開業し、現在既に二〇余名の精神病患者を収容の上治療を開始したので、万一本件建物が違法建築物として除却処分を受けるならば、独り参加人の損害に止まらず、国民経済上、国民の精神衛生上はかり知れない損害を生じ、却つて公共の福祉に反する結果になるので、本訴は行政事件訴訟法第三一条第一項に従いこれを棄却すべきである。

と述べた。

(証拠省略)

理由

まず補助参加人の参加の適否につき考察するに、本参加申出の理由は申出人は昭和三九年五月四日被告より八代市大村町大字羽須和に精神病院建築確認処分を受けたもので、本件訴訟の結果につき重大な利害関係を有するので、被告を補助するため申し立てたというにあるところ、申出人が昭和三九年五月四日被告より右建築確認処分を受けたことは、原告が請求原因事実中において本件訴訟の基礎を為す事実として主張するところであるから、同処分の無効確認ないし取り消しを求める本件訴訟の結果について申出人が利害関係を有することは明白であつて、同人が被告を補助するためにした本件参加の申出は当然これを許容すべきものである。

そこで次に原告等が本件訴訟を提起する法律上の利益を欠く旨の被告の本案前の主張について考察する。

被告が参加人の申請に基き昭和三九年五月四日付確認番号第七三〇八号を以つて八代市大村町八五三番地の坂本精神病院建設につき建築確認をしたこと、及びその敷地の計画取付道路に隣接して原告岩田幾平、同迎田ハツエが田、畑を所有していることは当事者間に争いがないところ、原告等は本件確認処分によりその所有する田畑の一部を道路敷にとられてその所有権を侵害され、仮に然らずとするも、右建築確認通り坂本精神病院が竣工したときは参加人が最終検査に合格するため右建築確認を種に原告等を欺罔或いは脅迫してその土地所有権を侵害するおそれがあると主張するのである。しかしながら建築主事のなす建築確認は申請者の建築計画が建築基準法及びこれに基く命令条例等の定める衛生安全等に関する規制に適合しているか否かの判断にほかならず、これを受ける者以外の第三者の私法上の権利義務に直接具体的な法律上の効果を及ぼすものでないことは建築基準法の趣旨自体により明らかであるから、原告等が本件確認処分によつて直接その所有権の侵害を受けるということは考えられず、また参加人から建築確認のあることを論拠に原告等の土地所有権が侵害されるおそれがあるとの点は原告等が具体的な侵害に対し別個に権利の救済を求むべきものであつて、いずれにせよ原告等は本件確認処分の無効確認乃至取り消しを求める法律上の利益を有しないものといわねばならない。

よつて本件訴は原告適格を欠くものというべきであるからその余の争点について判断するまでもなく不適法としてこれを却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 蓑田速夫 徳本サダ子 木下重康)

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